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PostedBy"KuroD"

Twitterのような感じで、適当に呟くブログとなります。

すっかり、iPhoneである意味がなくなった。

今僕はASUSのZenfone 3 Laser(以下レーザー)をメインに使用していますが、つい1ヶ月前まではiPhoneユーザーでした。今のところそれを手放してまたiPhoneにしようという気持ちはありません。もしかしたら気持ちの変化でまたiPhoneに戻るかもしれませんが、しばらく慣れさせる意味で、レーザーを使っています。

 

Android端末であるレーザーを使用してからもう2ヶ月が経ちましたが、SIMフリースマホとしてはまずまずの使い勝手だと思います。たまに戻るボタンが効かなくなるバグ(あるいは個体差)がありますが、それ以外は問題はないです。iPhone5Sから始まって約4年間iPhoneユーザーだったわけですが、Android端末は別に使えないということではないので大丈夫です。

 

iPhoneに対しては、僕自身の金銭事情が厳しくなったことから、やむを得ず売ってしまったのが悔やまれますが、しばらくするとiPhoneでなければならないというのは薄れました。

 

iPhoneというのは何においても「専用」が絡みます。クラウドやケーブル、さらにはプリペイドカードまで、Googleとの統一はありません。また、モバイルバッテリーではマイクロUSBは付属しますが、Lightningケーブルは別途で購入しなければならないという点を考えても、何かとiPhoneや周辺機器は、制約があったような気がします。もちろんiPhoneユーザーだったころは、それが「当然」だと思いましたし、横でAndroidユーザーが何を言おうとも、「iPhone持ちには関係のないことだ」と思っていました。

 

Android端末のレーザーを所有して以降、考え方は変わりました。スマホにあまり興味のない人からすれば、それがiOSだろうとAndroidだろうと知らない世界の話になりますが、どっちのOSも触り、こと細かいガジェットの世界は知らないけれど、しかしある程度は知識を得た「ニワカ」な僕は、それまでのiPhoneに対してのイメージは、もろくも崩れ去りました。Googleがサービスを行っているので、アカウント作成からログイン、各種サービスも全部ひと括りで管理ができるからです。また、充電やデータ転送の際には、わざわざ別のケーブルを使わなくとも、マイクロUSBあれば大丈夫なのです。この点は、iPhoneユーザーだったころはそこまでの違いや意味などあまり気にしなかったのですが、レーザーをメインにしたお陰で、まとまるということの理由に気づいたのです。正直iPhoneユーザーである必要がなくなりました。複雑なことを嫌う僕が、複雑と思い込んだAndroidに嫌気をさしてiPhoneにした。ところが、実は別の形で複雑化していたことに気づいて、また再びAndroidに戻した結果、絡まりあった糸がキレイにほどける様になった。それだけでも嬉しかったです。

 

 

わざわざiPhoneにしなくていいんだと思ったら、少しずつAndroidとレーザーが好きになりました。これからもレーザーで頑張りたいと思います。

 

P.S. 新しいiPhoneはかなりダサいです。もう買う意味がなくなりました。さよならiPhone。今度また手に入れるときは、SEにします。
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自分へのイメチェンを考える

それまでジーンズを好まなかったのに今では好んで履くようになったり、ワックスで髪を整える気はなかったのにそれをやり始めたり、もともとメガネやサングラスなどに興味があるのでそれをファッションとして掛けてみたりなど、ここ最近の僕は、かなり自分に対しての自身がつくようになり、また、色々と研究をしています。

 

僕という人間について、第一印象は「かなり真面目な印象」であったり、「目つきが怖い」など様々です。印象は大事というのがあるように、なるべく人に不快を与えないようにキレイに整えるということに満足感を得ています。

 

最近はワックスで整えることに意義があると思い、それを実行しています。憧れのブルーノ・マーズになりたいと思えば、その人の髪型をできるだけ再現してみたり、どっしりとしたような重みのある前髪をいかに調整できるかトライしてみたり、サイドの広がりをどう抑えようかと研究したりするのが楽しいと思っています。こんなことは人生において初めてです。周りの人の評価を気にしすぎてしまう自意識過剰なところもありますが、それよりも何よりも「自分をどうカンペキに見せるか」という課題をやっています。

 

以前から爪に汚れがなく、着ているものはみすぼらしい感じにはしない。清潔感を出すために無精ヒゲを生やさず前髪を後ろの方に流してみるなどのことはやっていました。しかし、オシャレに気を遣うように本当に割と最近の話なんです。今も昔もずっと彼女という人がいないですし、本気で誰かを愛していない以上、問題があると思い、それで自分への「改造」を考えたのです。ミニ四駆にお金をつぎ込んでいた時のように夢中になってファッションの勉強を独学で学んでいます。

 

 

 

 

あまりそそらないソシャゲ

ソシャゲことソーシャルゲームというものはあまり興味がないです。

 

昔友人からの勧めでモンスターストライク(以下、モンスト)をやったことがあります。友人いわく「カンタンだから」と言われ、チュートリアルや序盤のモードはやりました。しかし完全なる初心者である僕に対し色々言っていました。

 

「いまのはこうじゃなくて、別のところから攻めなきゃ」

「ここでケージをためてから行け!」

 

そんな調子ですからコツというものは知らず、面倒になりました。すぐにアプリをアンインストールした際には、「は?アンインストールするとか無いわー」とも言われました。

 

そんな調子ですから、嫌気だってさしますし、やる気が湧かないこともありました。

 

僕としては不思議に思います。「彼らはソシャゲ、特にモンストを中心にして生きているのだろうか…」…と。全く持って理解できませんでした。

 

その一方で、これは面白いと思い長続きしているゲームがあります。それがリアルレーシング3(以下、3)です。3はエレクトリックアーツ(EA)からリリースされているスマートフォンタブレット用のレースゲームで、今最も有名なアプリであります。2013年から登場しているのですが、このゲームには本当にグラフィックの高さに驚き、ゲームとしてのバランス、各メーカーの正式なライセンス契約のもとにうまれた数々の名車、そして鈴鹿ラグナセカなどをはじめとした実在するサーキットの収録。これらはまさに端末版のグランツーリスモ、もしくはフォルツァと呼んでも不思議じゃない素晴らしいものです。

 

3のお陰で、かなり助かっていることがあります。結局は3もソシャゲのうちに入るかと思いますが、日本で作られる多くのゲームは、どれも似たようなキャラに似たようなインターフェイスのもとにあります。CMでも「いまなら○○レアがもらえる!」というようなものばかりです。「アホらしい」と呆れるわけです。しかし3には芸能人を起用しての宣伝はおろか、そのようなキャンペーンは設けていません。課金をしないと前に進めないという点ではどれも一緒です。ですが、ゲームとしての奥深さは、いくらジャンルが違えど、さすが3であるとうなずけます。

 

これからいろんなものが出てくるのですが、やはり3を越えるものはないと思います。

編集という行為を7年もやってきた。

少し間をあけてしまいましたが、ひさしぶりにブログを書きました。

 

編集ということについては、実は僕は7年前からすでにやっていました。始まりはソニーのブルーレイレコーダー内に録りためた番組からです。

 

個人で番組を編集したり、またブルーレイ、あるいはDVDにダビングすることは合法とされています。特に民放ですと必ずCMが入るので、それをこと細かくカットしていました。スポンサーが付いているわけではないので、自由自在にやりました。

 

それからしばらくして、iPhoneで撮影した動画をiMovieで編集するようになりました。操作内容はブルーレイレコーダーとは異なりますが、やはりこれでも同じように編集しました。

 

現在はAndroidのPowerDirectorで加工しています。やはり編集は僕のやりがいだと思っています。

 

不要なシーンはなるべくカットする。そういうことをするのが楽しみであります。

 

 

改めて旧公共広告機構時代のCMを観ての感想。

YouTubeをはじめ、ニコニコ動画などではACのCMを観ることができます。大体は怖いものが多いので「怖いCM」の部類には入ります。僕は懐かしい記憶と怖いもの見たさで観ますが、相変わらず怖いですね。笑

 

お決まりのパターンで言えば、唐突に何かを訴え、じわりじわりと煽り文句を言い、最後の数秒ほどインターバルが起き、そして締めはACのロゴとサウンドロゴのダブルアタック。という流れです。人間の心理、恐怖心を煽るものばかりです。呪怨やリングで怖いと思うのとはわけが違います。

 

ちなみにACのロゴマークは、今年で30年目を迎えます。奇しくも国鉄がJRに変えたのと同じなんです。まさかACとJRが同い年だったとは…こういうのって偶然なのでしょうかね。

 

さて話は戻しますが、今でこそACは公共広告機構からJAPANへと変わり、サウンドロゴもだいぶ柔らかい印象を受けます。でも昔のはどうしてああも怖い思いをさせなければいけないのか?って不思議に思います。インパクト重視でわざとあんな感じにしたのでしょうか。気になります。

 

皆さんはACと聞くと通称「あよね」のイメージ、もしくは教科書にも載った「消える砂の像」が思い浮かべるかと思われますが、僕は以外にも「バーバラブッシュ前大統領」のCMがインパクトがありました。マニアックだと思われますが、あれが実はACの怖いものの中ではトップクラスだと思います。

 

内容としては、「アメリカで放送されたバーバラブッシュ前大統領が出演した骨髄バンクの啓蒙(けいもう)CMのお陰で、アメリカにおける骨髄バンク登録者が増えたということ、それに対し日本では登録が少ない(正確には少なすぎる)ということ、だからこそ骨髄バンクに登録してほしい、それはあなた自身が電話をすることが大切であるということ、そしてお決まりのACのロゴで締める」、という内容です。とくにACのロゴに入る前に電話の受話器を急いで手に取る人の仕草があることや、BGMに紛れて女の子の声がして、最後に「おやすみなさい」が入っていることです。まさしくドキドキさせてくれるCMです。

 

これを深夜に観たときの背筋が凍るような怖さは、今なお語り継がれています。

 

今回はACについて書きました。それでは怖いもの見たさでもう一回観てみます。

 

 

手に染めてしまったとしても、そこにあるのはASKAという歌手とブランド。

覚せい剤取締法違反で逮捕され、現在は執行猶予中のASKAさんが発表した新アルバムですが、この人の凄さを再確認できました。

 

僕自身は昔からCHAGE and ASKAのファンであり、平成8年生まれの若造ながら、父の影響ですっかり好きになったわけです。そんなASKAさんが手がけた新アルバムというのは、どれもすぐに名曲集として完成されていました。これはサクラとしてのステマ活動ではなく、偽りのない事実です。

 

一番好きなのは、「と、いう話さ」です。曲のパワフルさに圧倒され、名曲「晴天を誉めるなら夕暮れを待て」を彷彿とさせます。アラフィフから来年は還暦を迎えるASKAさん渾身の歌で、他の邦楽を超えるものだと思っています。

 

こう書くのは失礼ですが、近年の邦楽とは、つまらないと思いました。どこかで聴くありふれたメロディ、歌詞があって、退屈に思いました。固定概念がありすぎて、そこから逃げるようにブルーノ・マーズさんの曲を聴いていました。するとある日、ASKAさんの公式チャンネルにて「と、いう話さ」が公開され、ようやく、邦楽はASKAで決まり!というふうに、自分の中で方程式のように確定していきました。そうです、これこそ僕が欲していた邦楽の理想だって気づいたのです。

 

2017年のキーワードとして、ASKAさんが関わってくるとにらんでいます。長年疑問符だらけであった邦楽の良さってモノを、塗り替えてくれると信じています。

 

ASKAさん、音楽の素晴らしさをありがとう!

 

 

 

 

 

 

念願のポルシェ(グランツーリスモの話)

話の続きって訳ではないのですが、グランツーリスモの新作に、念願のポルシェが追加されます。まだベータ版に登場していないので、今後どのような形で出るかはまた分かりませんが、20年待ち続けた甲斐があったと思います。

 

噂では、昔、ポリフォニーデジタルの山内一典さんが、無許可でグランツーリスモにポルシェを入れようとしたところバレてしまったらしく、それで長年収録不可だったとか。でもそれは全くのデマで、実際はEAが1999年から独占契約をしていたため、収録ができなかったというのが最もな理由です。

 

しかしずっと待ち焦がれていたポルシェの収録は、さすがだと思います。ライバルのフォルツァは早くも収録していたのに、グランツーリスモだけはRUFでしたから。そう考えると、ありがたいなあと思います。

 

ちなみに湾岸ミッドナイトマキシマムチューンシリーズでも、いまだポルシェからのライセンスが降りず、RUFということになっていますが、独占契約が終わったということを考えると、収録は可能性としてありそうです。実際去年の冬からホンダ車が登場したわけですから、あとはバンナム側とポルシェ側の意見が合致すれば、間違いなく収録はあり得るでしょう。

 

話は逸れましたが、これからのポルシェの登場に、首を長くして待つことにします。